12の誤解 パート3(前半)

2007年1月28日(日)のメッセージです。

「12の誤解シリーズ」の第三回目です。今回は「行いを変えれば霊的にも成長する」(言うならば、「正しい行動をすれば感じるべき正しい感情を持てるようになる」というようなこと)という間違った「思い込み」に対して、聖書はどのように語っているのかを見ていきます。

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12の誤解 パート2

2006年12月3日(日)のメッセージです。

前回から、3ヶ月経ってしまいました。「12の誤解シリーズ」の第二回目です。今回は「霊的な歩みをしていれば痛みや罪深さとは無縁になる」、言い換えれば、クリスチャンになって、いつもしっかりと信仰の歩みをしていれば、人の言葉や行為、外的要因によって心が傷ついたりする痛みとは無縁になり、罪もない理想的な完璧な人間になるんだ、という間違った「思い込み」に対して、聖書はどのように語っているのかを見ていきます。

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12の誤解(パート1)

2006年9月3日(日)のメッセージです。

今回から、一ヶ月か二ヶ月に一回、トピカル・メッセージをシリーズで始めます。その他の週は今まで通り「ローマ書」シリーズを続けます。

皆さんの中にも読まれた方がおられるかもしれませんが、「境界線(バウンダリーズ)」の著者であるヘンリー・クラウドさんとジョン・タウンゼントさんのもう一つの素晴らしい本である「クリスチャンの成長を阻む 12の誤解」という本を元に、メッセージシリーズを進めたいと思う。この本は本当に「目から鱗」というような感じ・・・この世の中に「常識」があるように、教会の中にも「クリスチャン常識」というものが存在しているように最近よく感じる。「クリスチャンだったらすべきだから・・・」とか「他のクリスチャンが言ってるから・・・」と言うことで、受け継がれてきた常識。それらの「常識」を聖書に戻って考えてみると、思い込みによって間違えて解釈されていることがある。その中から、よく聞かれる12の思い込み・・・。今日は「其の一」として「自分の必要を満たすことは自己中心である」というものを聖書を元に見ていく。

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